外は暗くなり始め、空は徐々に黒に染まってきた。
今にも雨が降りそうだ。雨はいい。
何もかもを流して忘れさせてくれる・・そんな気がしてた。
誰も理解ってくれない。
胸に空いた大きな穴は埋まることなく、
己を中心から呑み込むように、
何も見えなくなりそうな、僕だけが知ってる暗い、暗い何も無い世界。
暗くて何も見えないから、周りの冷たい雨も感じない。
何も感じなくて、ただ時間が流れてくとともに
何かを失っていくようで

 孤独は、ゆっくりと確かに蝕んでいく。希望も、涙も、心でさえも。
何の為にヒトは生きるのだろう?
この豊かな大地に包まれ、穏やかな風が吹き、
夜には綺麗な星たちに囲まれ、
こんなにも美しい世界が、ヒトの手で崩れてく。
 気づけないほどに音も無く
黒い月は侵食していき、あらゆる光を呑み込むかのように
闇は訪れた。





 幸せな時間はどうしてこうも早く過ぎていってしまうのか、
多くの兵を率いて、敗北をしらないレヴィー家の当主がある日突然病に倒れ、
寝たきりになってしまった。
 まだ大人というには若く、子供というには大きくなった青年は
この世に生れ落ちたときから魔術(ちから)を受け継いだ。
身体に刻まれたレヴィー家の紋章とともに。
 赤子のころから左手の甲に刻まれた紋章は、900世紀代々から受け継がれた魔術を
思うがままに操ることができるのだ。


 その青年、アレイスターはそれを教わらずに人間として育てられてきた。
当主は精神的にも、年齢的にも落ち着いた歳頃に魔術を教え始めないと
小さい頃は思うがままに力を発揮してしまうと、何百世紀とも続いてきた
レヴィー家の血筋が途絶えてしまう可能性もある。
 だから、幼い頃から魔術を習うというのはよほど精神的にも、
肉体的にもよほど強い力で縛られたのだろう。
 そういった人は、真実を知った時に今までの縛りが解け、
心は不安定に陥り、安定した精神(こころ)を持ち得ないヒトは、
あまりに純粋すぎて、善悪の境界線などなく
感情を抑えきれずに、暴走して肉親でさえも殺してしまうのだ。

 それはどんなに血を重ねて築き上げた名門の一族でさえ例外は無い。



 問題がひとつ、アレイスターは魔術を教わる前に実の父である
レヴィー家の当主がこの世を去ろうとしているのだ。
母親は彼が生まれると同時に他界してしまったのだ。
人間として生きるのだと・・

 幼かったアレイスターには母がどこで何してるか、
他界した理由など知るはずもなく、
身内などいない。
 生まれてからずっと城の外に出たことの無い彼には、
友人でさえいなかった。

 王族であるためでもあるが、時期王として
専属の教師が何人もいたのだ。
世界に働きかける魔術は、時に死を招くこともある。
 子供の悪ふざけで、時期王を死なせるワケにはいかない。
 やがて900世紀になるレヴィー家の証をそんな事で、
途絶えさせては、先祖様たちに合わせる顔が無い。

だが900世紀も血を重ねてきたレヴィー家では、
形と成り、魔術式が神経と同調しているため力を発揮するときには、
表面上に浮かび上がるのだ。



 「アレイスター、お前にはまだいろいろ・・・」

それだけの言葉を残して、レヴィー家当主は他界してしまい、
 アレイスターには城と、莫大な遺産が残された。
 大人というには少しばかり早い彼には王としては
まだ未熟だった。
 城に出たこともなければ、友達も居ない。
 城の外のことも何ひとつ知らないのだ。


 王の死は民にとっても、アレイスター自身にとっても不幸の序章にすぎなかった。
今まで使えてた召使や、教師たちは全員辞めてどこかの一族へふんぞり返ってしまったのだ。
残ったのは、アレイスターと執事のスコーチェだけだった。

スコーチェは先代の王に従順だった。
 それは昔、まだアレイスターが生まれる前の話。
吸血鬼使い、魔法使いであり吸血鬼でもある彼らはブリコカラスと呼ばれ、
魔法を駆使し、また尋常じゃないスピードと跳躍力を持ち、マントで空を飛ぶ集団なのだ。
 レヴィー家のように、900世紀も続く一族ならベツとして
よほど高潔なヒトでないと彼らには言葉や呪文など通じやしない。

 スコーチェはいつも父に怒られて部屋で泣いている
アレイスターの気持ちを唯一知る人物だったのだ。
 ベッドの上で、枕を抱きしめながら泣いている姿が
不憫に思えて、いつも昔話をしていた。



 スコーチェの人生の分かれ道の話で、
 まだ幼い頃のある日、些細な事で両親とケンカなんてして飛び出した。
何も考えず感情に身を委ねて、全力で駆け出した。
 泣きながら、後先も考えずに飛び出したスコーチェは息を切らしながら
樹にもたれかかった。
腰を下ろし、あふれ出す涙を止めようと泣いていた。
 陽はとっくに沈み、時刻は日付が変わろうとしていた。
気が付くと、家は見えないほど走って深い森の中に一人で
どうしようもなかった。
 戻る力など残ってなくて、道はわからなくて
ただ、樹にもたれかかって陽が昇るのをまつだけだった・・

 家を飛び出してどのくらいたったのだろう、そんな言を考えてる時に
首筋に違和感を感じた。何かヌメっとした感じだった・・

 ふと振り向くと化け物が自分の首筋を長い舌で舐めていたらしい。
怖さのあまりに声を失った。
 叫ぶことさえできない。
 抵抗する力さえなかった。

「こんなところで何をしてるんだいおチビちゃん♪」
低い声で化け物はそう言った。
「うっ・・・」
怖くて体は震え、抗うこともできずにただ見てるしかできなかった。
暗い森の中でも、彼らの尖った歯は光って見えた。
 気が付けば、闇雲に走って禁断の森へ、トワルヴァードの森へ来てしまったらしい。
夜は大人でも危ないと言われるこの危険地帯。
 誰が彼を助けるなんてできただろう?
 人通りなどなく、両親はすぐ帰ってくるだろうと気にもとめなかっただろう。
「ヒッ・・どうせ家出でもしたんだろ?」



意外だった。



吸血鬼使いは近づけば血を吸われて死ぬとか
目が合った瞬間殺されるとかいうことをずっと聞かされてた。
 この目の前にいる吸血鬼使いは、殺気など無かった。
だが、帰す気も無いらしい。
 ワケがわからず首をかしげた。
すると、こっちを真似するようにあっちも首をかしげた。
「・・おじさん血を吸って僕を殺そうとしたんじゃ?」
 直球で聞いてしまった。
 己の馬鹿さ加減に気づいて、顔を背けた。
 そっと彼の指が触れた。前髪を上げ、真っ直ぐに見つめてきた。
 
「殺すのは相手が憎いときだけだ・・坊主、死にてぇのか?」
何も言わず首を横に振った。
「それに俺はお兄さんだ。まだ若い」
そう言うと急に手を引いて歩きだした。

ワケがわからんが、こんなトワルヴァードの森(世界一危険な森)に一人では心細いので、
付いてくことにした。
両親は教育を強いる人だった。
日々、アレをしろ、これをしろだの命令される日々に嫌気がさして
反抗したのだ。好きなことをするのは何がいけないのだと。
その当時は、学歴社会だったからかどの子供も学業はもちろん他の技術を身につけさせようと
世界中の親は教育熱心になってたのだ。
 ある夜父が突然、「お前は俺の言うことに従っていれば良い」
という言葉にカチンときたのだ。
 もうたくさんだ!そう言って家を飛び出した。
今になって考えれば、それは偶然が結び寄せた運命なんだろうか。
それは知らないが、もしあの時声をかけられなかったら、また
違う道をたどっていただろう。


 「今日は遅いし、疲れただろう、ハチミツレモンだ」
家に着くなり、彼はハチミツレモンを差し出した。
別名:死の森とも言われるトワルヴァードの森はかなり寒いため
身体が芯からあったまった。
 蜂蜜レモンをサイドテーブルに置いて男は訊ねた。
「俺ぁジョージ・コンスタンス、坊主は?」
「スコーチェ・ストロベルト・・」
己が名前を口にした時、両親の顔がふと浮かんだが彼が名乗ったので振り払った。
 この世界で名前を名乗るということは敵意が無いという意味だ。
 
 窓越しから見える暖かい家族に
 寂しさを感じて、うつ向いて考え込んでいたら
 ふと肩から温もりを感じた。
 ジョージと名乗る男は、スコーチェを包み込むかのように肩に手を置いた。
「お前が家を飛び出した理由なんて聞かねぇが、ここには好きなだけ居るといい」
 このとき、なぜこんなにも優しくされるのかなんて、知る術は無かった。
知らなければよかったのかもしれない。
 けど友達すらいなかったスコーチェには初めての事だったから
戸惑いを隠せなかった。
「ありがとう・・」


そう、このジョージ・コンスタンス(仮名)こそが、先代の王、ジョージ・C・レヴィだったのだ。
王という名称に相応しい人物で、実力も、戦力も、信頼も、威厳もすべてが王と言うべく揃っていた。
 ただ変人というところを除いては。
すべての元素を司り、世界を造る唯一の存在、それが王。
国を脅かす輩には刃を、民には愛を。それが彼のポリシーだったらしい。
あまりに極端なので、彼を理解できるのはスコーチェしかいなかった。
 すべてを自由に操るモノと、すべてを操られたモノは相性が良い。


 トワルヴァードの森で救われたあの日から、スコーチェは両親と会うことはなかった。
 王によってすべてを満たされていたのだから会う必要なんてこれっぽっちも無かったのだ
王は己を救ってくれた存在なのだと、彼の血を受け継いだアレイスターなら
彼のように強くあって欲しいと幼い頃から語り聞かせていたのだ。


 



 まだ雨が降っていた。
どんなに強いヒトでも、老いには勝てないようで
王は、実の息子であるアレイスターに全てを託そうと決意した。
この力も、この地位も、この血を全てを。

レヴィー家には力を護るため、世界の秩序を護るために設けた泉があった。
水は唯一、あらゆる世界を繋げることが出来る礎となり、
 世代交代の儀式は、受け継ぐモノにも、授けるモノにも死に近い痛みを伴う。
だから、全てを託すとヒトは死を迎えてしまうのだ。
たとえ王族であろうとも。
 息子であるアレイスターが13回目の誕生日にその儀式は行われた。
家宝である儀式用の短剣で力を流動させるために魔法式が描かれた。
 そしてこの世界で唯一、あらゆる世界を繋ぐレヴィー家の泉の正面にアレイスターは十字架に繋がれた。
 
死に近い痛みを伴うとヒトは、想像を絶する力を発揮する。
それは抗うためなのか・・
それはまるで神が託した最後の手なのか・
 縛られたアレイスターと正対する像は、十字架に彼の血管で縛れていた。
魔力で育まれた強靭な血管は、休息を許さないかのように彼を縛りつける。
その間に描かれた魔法式はレヴィー家の家紋を基調とし、
刃の矛先がアレイスターを向いていた。
 900世紀も受け継がれてきたこの短剣で、王は首を刺した。
 首から身体を滴る血が、魔法式をなぞるように光を帯び始めた。
 














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